
こんにちは、幻想イラストレーターの小林けいこです。
今回はディズニー映画でおなじみの『塔の上のラプンツェル』と、原作にあたるグリム童話『髪長姫』の違い、さらにその背景にある象徴や文化的意味まで掘り下げてご紹介します。
童話や神話の原典に触れることで、創作のインスピレーションも大きく広がります。ファンタジー好きな方にこそ届けたい内容です。
原作『髪長姫』のあらすじと特徴

グリム童話の『髪長姫(Rapunzel)』は1812年に初版が収録され、その後も改訂が重ねられました。特に1857年の第7版では、残酷な表現や性的な暗示が省かれるなど、家庭向け・子ども向けの内容に近づいていきました。
物語はこう始まります。
子どもを望む夫婦が、隣の魔女の庭から「ラプンツェル」を盗んでしまい、その罰として生まれた娘を魔女に差し出すことになります。娘は“ラプンツェル”と名付けられ、12歳になると塔の中に閉じ込められ、魔女だけが彼女に会いに来るようになります。
ラプンツェルの髪は長く、美しい黄金色。その髪を垂らして魔女は塔に昇ります。ある日、王子がその様子を見て真似し、ラプンツェルと出会い、恋に落ちます。
やがて魔女に発覚し、ラプンツェルは荒野に追放され、王子は茨に落ちて失明。2人は長い年月を経て再会し、ラプンツェルの涙によって王子は視力を取り戻します。
初期の版では、ラプンツェルが妊娠する描写がありましたが、後に削除されました。こうした修正からも、時代の価値観や検閲の影響が読み取れます。
ディズニー版『塔の上のラプンツェル』の特徴

ディズニーの『塔の上のラプンツェル』(2010年)は、原作を大胆にアレンジしています。
- ラプンツェルの髪は魔法の力を持っており、切ると力を失ってしまう。
- 魔女ゴーテルは若さを保つためにラプンツェルを利用。
- ラプンツェルの両親は実の王と王妃であり、彼女は王女だった。
- 王子ではなく、盗賊ユージーン(フリン・ライダー)と冒険を通じて心を通わせていく。
原作よりも明るくポップで、主人公の自立や成長がより強調されています。ラプンツェルはおとなしく待つ姫ではなく、自らの意思で塔を出て、自分の運命をつかみにいく存在として描かれています。
ストーリーの違いだけじゃない──塔と髪に込められた“象徴”
童話にはしばしば“象徴”が織り込まれています。ただの「面白い話」ではなく、文化的・心理的背景を映す鏡ともいえるのです。
◆ 塔=“純潔”と“支配”の象徴
塔は「高く」「閉ざされており」「誰でも入れない」場所です。これは中世の純潔信仰や、女性を隔離し管理する社会の価値観を象徴しています。
宗教的な文脈では、修道院のように“外界から遮断された神聖な空間”を意味することも。
◆ 髪=“誘惑”と“女性の力”
ラプンツェルの長い髪は、単なる特徴ではなく「外の世界との唯一のつながり」であり、王子を引き上げる“通路”でもあります。
長い髪はしばしば、官能性や魔性、あるいは霊的な力の象徴として登場します。たとえば旧約聖書のサムソンも、髪に神の力が宿るとされました。
◆ 魔女=“母性の支配的側面”
魔女ゴーテルは一見、育ての親でありながら、実の母の代わりに「ラプンツェルを手放さない存在」として描かれます。これは“過干渉な母”や“所有的な愛”の象徴とも読めます。
神話・伝承とのつながり
塔に閉じ込められた女性というモチーフは、童話に限らずさまざまな神話や伝承にも登場します。
- ギリシャ神話のダナエ:ゼウスの子を妊娠することを恐れた父によって塔に閉じ込められ、神の金の雨によって懐妊。
- 日本の髪長比売(かみながひめ):長い髪をもつ女性の美しさが語られ、髪に霊力が宿るという考え方も。
- バビロニア伝説のセミラミス:塔と女王をめぐる象徴が重なり合う。
こうした神話との共通点から、ラプンツェルがただの“おとぎ話”ではなく、古代から繰り返し語り継がれてきた「女性の力」「禁忌」「解放」といったテーマを体現していることが見えてきます。
ラプンツェルはどんな“進化”を遂げたのか
原作のラプンツェルは、外界の知識を持たず、従順に育てられた少女でした。
一方で、ディズニー版では塔の中で絵を描いたり本を読んだりしながら、自らの手で扉を開けようとする姿が描かれています。
これは単に時代の変化ではなく、女性の描かれ方の進化とも言えます。
「閉じ込められている姫」から「自ら塔を出る姫」へ。
この構図の変化は、現代の創作にも大きなヒントを与えてくれます。
おわりに:一つの物語に映る、多層的な意味
ラプンツェルという物語は、一見すると塔に閉じ込められた少女の恋物語ですが、その奥には、純潔・支配・母性・自由といった象徴が複雑に織り込まれています。
塔や髪といったアイコンは、時代や地域を超えて繰り返し登場してきたテーマであり、それは古代の神話から現代のフィクションに至るまで通底しています。
原作とアレンジ作品を比較して読むことで、私たちは物語を「知る」だけでなく、「解釈する」楽しさにも出会えます。
ラプンツェルは、ただの童話ではなく、“文化と時代が紡いできた思想の結晶”。
一つの物語の中に、多層的な意味が重なっていることを知ることで、ファンタジーをより深く味わうことができるのではないでしょうか。